いろいろな「~でなければ」手放しつつあります

大木ゆきのさんの『宇宙にお任せ手帳2017』を使い続けています。
少しずつですが、最近自分が、「宇宙にお任せ状態」に近づいているのを感じています。
具体的に言うと、いろんな「~でなければ」を、手放しつつあります。

結婚のこと


まず、結婚のこと。今は、してもしなくてもよい、と思っています。「どうしても結婚しなければ!」というのはもうありません。

ただでも、したいですよ。どんな気持ちかというと、私、イタリア行ったことなくて行ってみたいのですが、それに近い感じです。つまり、「イタリア行ってみたいなあ」と同じテンションで「結婚したいなあ」と思っています。

仕事のこと


それから、仕事のこと。
私がこれまでの人生で、一番こだわって一生懸命やってきたのが、仕事です。この10年ほどは、世間的な成功とは程遠いけれど、好きな仕事を、好きなワークスタイルでできています。それを手に入れるには、それなりの努力や紆余曲折がありました。

そしてちょっと前まで、仕事をずっと続けていくことに、強いこだわりをもっていました。それがでもこないだふと寝起きに、「仕事も、もういいかもしれない」と思ったんです。

もういいというと投げやりのようだけれど、そうではなくて、「どうしてもこの仕事を続けなければならないわけではない。なんなら、どうしても働き続けなければならないということもない」と、ふっと思ったんです。

私は10代の頃から、「どうせ一生働かなくてはいけないのだから、私は自分が好きな仕事をしたい」という考えをずっともってきました。その考えに30年間、縛られ続けてきたともいえるでしょう。

実際は資産があるわけでなし、今のところしゃかりき働く必要があるのですが、そういうことではなくて、精神面で、仕事に関して私自身を強くしばりつけていた考え方から、ふっと自由になった感覚がありました。

両親のこと


婚活をしていたとき、ずっと近畿圏の男性を探していました。
それは「将来もずっと両親の近くに住んで、私が面倒を見なきゃ」、と思っていたからです。両親はまだ元気で、本人たちからはまったく頼まれていないのに、親孝行のつもりで勝手にそう思っていたのです。

でもこないだふと、「お父さんもお母さんも、自分の面倒は自分で見られるのでは?」と思いました。
さらに、「なぜ私は、先回りして心配しているのだろう? もちろんいつか、彼らが自分で自分の面倒を見られなくなる時が訪れるかもしれないけれど、それならそのときに考えて必要な手を打てばいいだけのこと。最初から、そこを基準に(しかもまだ起こってもないのに)自分の人生を決めるのは、違うのではないか?」と思いました。

そして、最初から面倒を見なくてはいけないと思っているのは、彼らを信頼していないからだと気づきました。もっと信頼して大丈夫だと、感じました。

これも自己受容から、繋がってきているのだと思います。
自分が大切な存在だと思えるようになった→自己肯定感が高まってきた→自分を信じられるようになってきた→他者も信じられるようになってきた…、ということかなあと思っています。

花子のこと


それから、愛犬花子のこと。
この春、花子にちょっとした病気がみつかりました。幸い、今すぐにどうこうという状態ではありません。
でも花子は今年9歳で、小型犬の平均寿命は15歳前後。ですから5年後には、この世にいなくてもおかしくないのです。

その事実と正面から向き合ったとき、命というものは、誰がどんなに強くつかもうとしても、つかめないものだと思いました。
悲しかったけれど、そこでふっと力が抜けて、自分と花子を客観的に見られたのです。

そして私はこれまで、「私が花子を幸せにするのだ」と、すごく力んでいたなと感じました。さらにそこには、「かわいそうな保護犬の面倒を、私が生涯見てあげる」という思いがあったこと、そこに自分の存在価値を見いだしていたことに気づきました。
私はこれまでずっと、花子に依存していたのですね。

今は、自己受容がかなり進んだおかげで、そんな理由付けをしなくても、私は自分の価値を認められるようになってきています。

一方の花子はもちろん、最初から自分の価値を知っています。というか、生まれてから今まで、一度も疑ったこともないでしょう。犬とはそういう生き物で、だからそばにいて感動するし、癒やされるのだと感じます。

3歳でうちに来た花子は、丸5年をうちで過ごし、今年9歳になります。
一人と一匹の生活は、これから後半に入ります。できればあと5年、一緒にいられるように、花子の体のケアをしていきたいと思っています。ただそれも、本当に大事なのは、一緒にいられる今この瞬間。その瞬間の連続が、できるだけ長く続くように、私にできることをするというだけ。どうしても5年生かしておきたい!とかいうことではありません。命のことですから、それこそ「宇宙にお任せ」です。

同時に私は、花子に対して、握りしめていたものを手放します。今の感覚的にはなんかこう、花子に私が憑依していたところから、すっと分離したようなかんじがあります。

これからはもっとリラックスして、明るく楽しくお気楽に、花子との毎日を楽しもうと思っています。

それにしても、どれだけたくさんのいろんなことを、私は握りしめてきたことかと、最近驚かされています。
長い間、「ぜんぜん幸せではない」と感じながら、その幸せではない状況を握りしめていたんだなあ、私は。