『この世界の私をそこから見たら』の「そこ」っていったい、どこ?そう、あそこなんです…

今日は、『この世界の私をそこから見たら』(CHIE著、講談社2017年9月13日発行)
という本を紹介します。

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先日、Amazonで見かけたのですが、評価が高く品切れになっていて、気になっていた本です。昨日寄った書店にあったため、いそいそと入手しました。

著者のCHIEさんは、「スピリチュアル女子大生」として、テレビ出演もされていた方。14歳のとき、交通事故で記憶障害になったのをきっかけに、人のオーラや目に見えない世界が見えるようになったそうです。

そのCHIEさんが、「誰かが抱えているものが少しでも軽くなったらいいなと思って(あとがきより)」、書き下ろした小説がこの『この世界の私をそこから見たら』です。

『この世界の私をそこから見たら』の「そこ」ってどこ?


私が最初に惹かれたのは、この本のタイトルです。
「そこから見たらのそこってどこ? もしかして?」と、心を惹かれ、想像が膨らみました。

そして皆様もご推察のとおり、タイトルの『この世界の私をそこから見たら』の「そこ」とは、「あの世」のことです。

「あの世」からこの世を見たら……。
「亡くなった人」からあなたを見たら……。
この本は、そんな視点から書かれています。

遺影の中のおばあちゃんが「そこ」からこちらを見ている、この裏表紙もユニークです。
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小説仕立てで輪廻や霊魂のことが語られる「スピリチュアル小説」


この本は、小説仕立てになっています。
主人公は22歳、社会に出たばかりの「私」。生きる苦しみで胸がいっぱいになっているときに、死んだおばあちゃんの霊があらわれ、一緒に「あの世」を旅します。そして「あの世」で出会った若者たちとの交流や、おばあちゃんとの対話を通して、この世に生まれてきた意味、生きる意味に気付いていくというストーリーです。

物語の根底にあるのは、輪廻転生の考え方です。肉体が滅びても霊魂は生き続け、また新しい体でこの世に生まれ変わってくる。さらに人はあの世で、次の人生ではどんな一生を送るか、自分で決めて生まれてくる。そんなスピリチュアル的な世界観が、小説のかたちで描かれています。

あらすじは一番下に、もう少し詳しくご紹介します。

全175ページ、情感豊かで読みやすい本


全175ページ、字が大きく、イラストがかわいらしく、難しい言葉も少なくて、全体的に読みやすい本だと感じました。大事なことは太字になっているから、ポイントもわかりやすいし。

22歳という若い女性が主人公というのもあってか、気付きを得る過程の表現、世界の美しさや尊さに気づくときの表現もとても情感豊かで美しいと感じました。

「生きるとはキラキラとした、すばらしいことなのだ」ということ、そして「そのことをこれを読んでいるあなたに伝えたいのだ」、というようなCHIEさんの強い思い、迫力のようなものが伝わってくる気がしました。
また、一人の人間としてCHIEさんが抱いている人生観や祈りのようなものも、この小説にたくさんこめられているのではないかという気しました。

私もおばあちゃんに会いたくなりました


以下、とりとめがないのですが、私がこの本を読んで思ったことです。

●まず、輪廻転生のことや生まれる前に自分で人生のあらすじを決めてくることについて。
これはつねづね斉藤一人さんが講話でおっしゃっていることなので、抵抗も驚きもなく、すんなり受け入れることができました。いい意味で、「みなさん同じことをおっしゃるんだな」と思い、うれしかったです。

●またすべての人、すべての人生を肯定し、包み込むような大きな愛も感じられて、この本を読んで泣いてしまったというレビューが多いのもわかるなあと思いました。

●今の私はというと、ここ数年大木ゆきのさんの本やブログを読んだり、斉藤一人さんの講話を聴いたりしてきたおかげで、かなり自己受容が進み、心のいろんな傷も癒えつつありかなり楽に生きられるようになってきた状態です。

そのためこの本も刺さる、染みるというよりは「うん、うん」と納得しながら読み進めるかんじでした。おばあちゃんの言う、「起きることには全部意味がある」「幸せは感じるものだ」「求めているものは外ではなく、いつも自分の中にあるんだ」といった言葉を、深くうなずきながら読みました。

●主人公のおばあちゃんは、物語を通じて何度も、「お前さんのことはずっと見ていたよ」「目には見えなくてもちゃんとつながって伝わっているんだよ」「心で見てくれたら、いつでもそばにいる。思いはつながるんだ」と、あの世でも主人公をずっと見守っていること、思いを受けとめていることを伝えます。

主人公に負けず劣らず、私もおばあちゃん子でした。祖母のことが大好きで、今でもしょっちゅう心の中で話しかけています。
いつも一方通行に話しかけているだけだと思っていたけれど、実はおばあちゃんにちゃんと通じていて、聞いてくれているのかな、なんて思うと、温かい気持ちになれました。

それでもやはり、私も霊でいいからおばあちゃんに会いたいなあ、と思いました。会えなくても、こうやって書いている今も、見ていてくれるのでしょうか。そうだといいな、きっとそうだな、と思わせてくれる一冊です。

大切な存在を失った人にぜひ手にとってほしい本


私だけでなく、読んだ人それぞれが、自分自身のことや、今の人生の状況にあてはめて、楽になったり、温かい気持ちになれたりする本だと思います。

特に今生きる意味がわからなくて苦しんでいる人、親子関係など人間関係に悩んでいる人に、この「そこ」からの視点は、救いになるのではないかと思います。

そして何より、大切な存在を失って、悲しみを抱えている方は一度、手に取って見てもらえたらと思います。

この物語には、若くしてこの世を去りあの世に戻った、4人の若者が出てきます。そしてその4人がどうしてそんな人生の脚本を書いたのか、この世で生きた経験で何を学んだのかといったことを語る場面に、かなりのページが割かれています。
また幼くして亡くなった女の子が、この世で悲しみの中に生きるお母さんに、気持ちをつたえる場面も。

この世で生きていると、「なぜこんなひどいことが起こるんだ」「この世には神も仏もない」と思うことばかりです。でもこの本は、この世の視点から見ると理不尽としか言いようのないことも、「あの世」の視点から見ればちゃんと意味のあることで、それぞれの人生が輝いていて素晴らしいものなんだと、力強く訴えてきます。

「この世はバーチャルリアリティ」の意味が少しわかった気がしました


そしてもう一つ、私にとってこの本から得た大きな収穫は、大木ゆきのさんがよくおっしゃる「この世はバーチャルリアリティ(仮想現実)」という意味を、何となく理解できたことです。

ゆきのさんはよく、「この世はバーチャルリアリティ(仮想現実)」といったことを言われるのですが、ずっとその意味が私にはわかりませんでした。だって、私もあなたも肉体をもち、切れば赤い血が流れる。これを仮想現実というなら、現実とは、実在とはいったいなんなんだろうと。そんなふうに思い続けていました。

それが、『この世界の私をそこから見たら』の一文を読んだとき、「なるほど!」と思いました。物語の序盤、肉体からたましいが抜けて大騒ぎする「私」に、おばあちゃんがこう言うんです。

「人間は死んだら霊的体験をするっていうけれど、あれは間違いだ。本当は霊的存在が、人間体験をしているんだ」

本当は霊的存在が、人間体験をしている!
なるほど、これはわかりやすいと思いました。
さらに、おばあちゃんは、こう続けます。

「お前さんのたましいが、お前さんの肉体に入って、体験してただけのこと。この世は仮の世。自分を試す場なのさ」

はー、なるほど。
つまり目に見えない魂こそが実在であり永遠の存在であり、目に見え、触れられて切れば血が流れる肉体やこの世がかりそめのものなのだと。だとしたら確かに人生とは、この世というかりそめの舞台の上で、そのときどきの衣装(肉体)を着用して、演じているようなものだ。

そう考えると、初めて何となく「この世はバーチャルリアリティ」の意味が、分かったような気がしました。
ずっと、「ゆきのさん、何を言ってはるんやろう」と思っていたので、これは私にとって、大きな収穫でした。

以上、CHIE著『この世界の私をそこから見たら』について紹介してきました。

この本から教わること、気づかされることは、人それぞれでしょう。
でも、誰もが亡くなった大切な存在がに会いたくなって、「ねえ、そこで見てるー?」と天井のあたりをくるくる見回してしまうことだけは、間違いありませんよ。

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::::::::::『この世界の私をそこから見たら』のあらすじ:::::::::::

主人公の「私」は22歳、就職した会社をすぐ辞め、恋人に捨てられ、何かを始める気力もなく、孤独と不安にさいなまれている。そんな何もかもうまくいかない「私」の前に、死んだおばあちゃんの霊があらわれます。
おばあちゃんは、こんなことを言います。

「人間はね、みんなこの世に生まれる前に、育つ場所や時代、性別、どんなことを経験するか、死ぬタイミングまで全部自分で選んで生まれてきて、そのとおりに生きているんだよ。だから今、そこにいることも含めて、すべての願いがかなっている。不幸なことなんて何一つないんだよ」

さらに、「どうだい、ちょっと他の視点からこの世を見て見ないかい?」「あの世の視点でこの世をみてみるのさ」……と「私」を誘い、二人であの世に出かけていきます。

そしてあの世で「私」は、若くして亡くなった4人の霊と交流する中から、なぜ人は生まれてくるのか、なぜ生きるのかを学んでいきます。そして学んだことを胸にこの世に帰ってきて、悪戦苦闘しながらも一歩ずつ、前に進んで行く……。
そんなお語です。