宇宙のストレートな愛情表現

今日、うちのあたりでは桜がほぼ満開になりました。
と思ったら、今日は風がかなり強くて、ハラハラドキドキ。散るな、まだ散るな~!

桜の花を見ると、胸がじーんとします。もちろん前から好きな花ですが、去年から桜の花は、私にとって特別な意味をもつものになっています。

それは桜の花を通して、宇宙が「今年も一年間、よくがんばったね、よく生きたね」とねぎらい、語りかけてくれているように感じるようになったから。薄いピンク色の桜の花に、うっとり見惚れるとき、桜と、自然と、宇宙と、自分の中の宇宙がすべて一つになったような感覚を抱きます。

さらに早朝、誰もいない桜並木の散歩道が朝日に照らされ、世界が桜色に染まるとき、無限の愛が降り注いでいるような、宇宙が思い切り抱きしめてくれているような、そんな気持ちになります。

つまり桜の花の時期は、私は宇宙から、ものすごいストレートに愛情表現をしてもらっているような気になるのです。

そして気づきます。本当は桜の時期だけでなくいつも、どの瞬間も、今と同じくらい宇宙に愛されているんだろうな、と。なかなか気が付かないだけで。

ときにツンデレな宇宙。ドSなのか?というような試練も与えてくれる宇宙。
そんな宇宙が、とにかくわかりやすく愛で包みこんでくれるこの時期が、私は大好きです。
桜の下を花子と歩く時間は、宝物のように、かけがえのない時間です。

また去年の桜の時期は、花子に心臓の病気が見つかった直後でした。
そのため、「来年の桜を花子と一緒に見たいなんて言わない。明日のことも言わない。今の桜を、今の幸せを味わい尽くす、それがすべて。もし明日花子が死んでも後悔しないくらい、今この瞬間の桜を一緒に楽しむんだ」という覚悟で花を見ていました。

今年は、花子の体調も安定しているので、そんな覚悟も、やや薄れてきています。
それでもこのときの心持ちは、今もすこぶる正しいと思っています。
明日のことも、来年のことも、どうでもいい。とにかく今この世界の美しさを味わい尽くす。花子と一緒に見られる今の幸せを、感じ尽くす。常にそういう心持ちで、生きていきたい、生きていこうとここ数日、桜の花を見て、決意を新たにしています。